2007.08.18
【滋賀県】
余呉(よご)湖(Map)
猛暑の中に涼を求められるところなどそうそう無いわけで、どうしたものかと考えました。
結果本日は、余呉湖を目指しました。
そのこころは「遠いところまで電車で涼んで、歩く距離を短くしよう」という作戦です。
琵琶湖北端にある賤ヶ岳(しずがたけ)をはさんだ反対側にある、周囲6.5km程度の小さな湖で、福井県との県境はもう目の前です。
駅を出ても何もないだろうことは想像してましたが、一面に広がる田んぼの風景はちょっと予想外でした。
周囲を山に囲まれる場所柄で、詳細な地図を見てなかったので「坂道が楽だといいなあ」とすら思っていましたから。
「いやぁー、美しい!」これを美しいと感じなくて、何をそう表現するのか? という風景でした。
田んぼと、湖と、山しかない風景です。日差しを避ける木陰もありません。日差しは強いのですが32度程度(大阪は37度とか)で、山からの風があるので倒れるほどではありません。
そんなことよりも重要なのは、チョロチョロと聞こえる水路からの水音(水の恵み)と、アッチッチの太陽の恵みのおかげで稲穂が育っているこの状況が、何よりも喜ばしいと思えることにあります。
自分が育てたわけでもなく、世話をしたわけでもないのですが、水と太陽の恵みでスクスクと育っていてくれることが、人ごと(?)ながらとても喜ばしいことに感じられました。
そんな実りが無ければ、収穫や、祭りという人間本意(?)の行事もあり得ないわけですから、それがどれだけ大切であるかを再確認させてくれたと同時に、それがどれほど人の心を和ませてくれるものか、思い知らされた気がしました。
農耕民族の血が流れる者の潜在的な記憶を呼び起こさせるとでも言うのか(農耕民族であると自覚せざるを得ないと言うのか)、この光景を美しいと感じてしまう自分は、そのアイデンティティ(源流)を忘れてはいけないと言うか、すり込まれているものを捨てたら何が残るのだろうか、と思わされた気がしました。
ちょうど18日夜中にこちらでは『冬冬(トントン)の夏休み』という台湾の映画(ホウ・シャオシェン監督)を放映するそうで、そんなイメージを想起させてくれる風景でもありました(これを書いてて何だか乗ってしまい、結局見てしまいました。終了が4時30分……)。
──冬冬とは小学生の男の子の名前で、妹(この子が可愛いの!)とひと夏を田舎のおじいちゃんの家で過ごす日々を描いた作品。
のんびりとした風景の中で突然爆竹の音が響いて驚かされましたが、鳥害予防用の道具のようです。
それでカラスやサギなどの鳥たちが飛び去っていきますから、農家にすれば原始的と言われようが有効な作物保護対策な訳で、ネットを張ったりする予防策に比べれば、鳥を傷つけずに作物を守る方法としては理にかなっていると思われます(彼らは田んぼの害虫など食べてくれますし)。
今でこそおだやかな景色を呈していますが、洪水に悩まされ琵琶湖までの流水路(トンネル)など何本もの水路が整備されたそうで、やはり人手が加わらなければこのような景色にはならないようです。だから「人里」なんでしょうね。
特急は通過してゆき(停車する普通電車は1時間に2本程度なので、特急の通過本数の方が多いのでは?)、この数キロ先の山の麓には高速道路も通っています。
──右の写真は雲を撮ろうとしたところに特急が飛び込んできたので、視線が列車に向いてしまいましたがそれが良かったようです。
こういった場所を慈しむことを大切にしたいと思いますが、普段の旅行で新幹線や高速道路を使う身としては「見きれないよ!」というのが正直なところです。
究極の贅沢(!)として歩いて回るという選択肢も考えられますが、それは無理だろうと思われるので今までのスタンスでいこうと思います。
それをどこまで「スロー」(贅沢)にできるか、というところでしょうか。
この付近は「賤ヶ岳古戦場」に含まれるそうで、本能寺で信長が亡くなった後、織田勢力同士の争いで秀吉と柴田勝家の戦いが繰りひろげられた地域のようです(調べました)。何だかNHK「その時歴史が動いた」の松平アナウンサーが現れそうな場所です。
今でこそ「こんな田舎で戦なんて」と思いますが、京の都に近い土地柄ですから(現在の新快速で1時間30分程度)目の上のたんこぶは叩かねばならない、戦略上重要な戦いだったことと思われます。
当時とすれば、まずは近畿・東海・北陸、それに西国(中国、四国、九州)、最後の仕上げに関東・東北という重みだったでしょうから、その時代の方が重要視されていた地域だったと思われますが、その分度重なる戦に踏み荒らされて迷惑を被った、とも言えるのかも知れません。
山の方から間断なく聞こえる笛の音のような音は何なのか、駅員さんに聞こうと思ってたのですが聞けずに電車に飛び乗ってしまいました。
日本最古の羽衣伝説が伝わるそうなので、関連の観光サービスかも知れませんが、すれ違った観光客は2組程度でした。
帰って調べたのですが、音の正体がどうも見つかりません。聞いときゃよかったと、後悔……
長浜(Map)
秀吉に縁の深い場所(長浜城は秀吉が最初に築いた城)ですから、何にでも「太閤」などの名称が付けられています。
その中の「聚楽第」なども秀吉縁なのでしょうが、どうも関東者(だけかしら?)は、モンローに扮した外人女性の「ジュラクよー」のTVCMが思い浮かんでしまい(すりこみですね)、いつも申し訳ないと思ってしまいます……
下は、秀吉井戸といわれる場所から琵琶湖を望んだものです。
旧長浜駅舎は日本最古の鉄道駅舎として保存されています。
時間が無かったので、長浜ではそんな程度しか見られませんでした、またの機会ということに。
今日の反省。
いくら電車で涼もうといっても(確かに涼しかった)、ちょっと遠すぎました──念願の琵琶湖一周はできたのですが……
長浜からの帰りは1時間半で、家に着いたらもう9時。タップリ遊んだってこと?
次に訪れたい近江八幡駅からは、そんな時間でも大勢観光客が乗ってきました。行く時には、ちと気合いを入れないといけませんね。